大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和55年(あ)487号 判決

主文

原判決及び第一審判決を破棄する。被告人を罰金一万円に処する。

第一審における未決勾留日数中、その一日を金二〇〇〇円に換算して右罰金額に満つるまでの分を、右刑に算入する。

第一審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(上告趣意に対する判断)

弁護人浜口武人ほか四名の上告趣意第一点は、憲法三七条一項違反をいうが、記録を調べても、本件の捜査、公訴の提起及び原審の審理に所論のような違法、不当な点があつたものとは認め難く、また、原判決の証拠の価値判断が所論のような予断、偏見に基づくものとは認められないから、所論は前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。

同第二点は、憲法三一条、三七条一項、二項違反をいうが、記録によれば、控訴裁判所たる原審は、第一審裁判所が証明不十分として無罪とした軽犯罪法違反の点を含む本件公訴事実の全般にわたつて被告人質問を施行しており、本件における争点の核心部分について事実の取調をしていることが明らかであつて、控訴裁判所は、このような場合には、訴訟記録及び第一審裁判所において取調べられた証拠と右事実調の結果により、同裁判所が無罪とした公訴事実を有罪と認定し、あるいは同裁判所が認定しない事実を認定して、自ら直ちに判決しても、刑訴法四〇〇条但書に違反せず、憲法三一条、三七条一項、二項に違反するものでないことは、当裁判所の判例(昭和二六年(あ)第二四三六号同三一年七月一八日大法廷判決・刑集一〇巻七号一一四七頁、同二七年(あ)第五八七七号同三一年九月二六日大法廷判決・刑集一〇巻九号一三九一頁。なお、同三一年(あ)第四〇二〇号同三二年三月一五日第二小法廷判決・刑集一一巻三号一〇八五頁、同三一年(あ)第四二三九号同三三年五月一日第一小法廷判決・刑集一二巻七号一二四三頁参照)の趣旨に徴し明らかであるから、所論は理由がない。

同第三点は、判例違反をいう点を含め、その実質はすべて事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

同第四点のうち、判例違反をいう点は、所論引用の各判例はすべて事案を異にし本件に適切でなく、その余は、単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。

同第五点は、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

(職権による判断)

しかしながら、上告趣意第四点にかんがみ職権をもつて調査すると、原判決及び第一審判決は、以下に述べる理由により、結局、破棄を免れない。

数罪間に罪質上通例その一方が他方の手段又は結果となる関係があり、しかも具体的に犯人がかかる関係においてその数罪を実行した場合には、右数罪は牽連犯として刑法五四条一項後段により科刑上の一罪として取り扱われるべきものである(最高裁昭和二三年(れ)第二〇六三号同二四年一二月二一日大法廷判決・刑集三巻一二号二〇四八頁、同三一年(れ)第一六号同三二年七月一八日第一小法廷判決・刑集一一巻七号一八六一頁、同四三年(あ)第一六五一号同四四年六月一八日大法廷判決・刑集二三巻七号九五〇頁参照)。

判旨ところで、軽犯罪法一条二三号の罪は、住居、浴場等同号所定の場所の内部をのぞき見る行為を処罰の対象とするものであるところ、囲繞地に囲まれあるいは建物等の内部にある右のような場所をのぞき見るためには、その手段として囲繞地あるいは建物等への侵入行為を伴うのが通常であるから、住居侵入罪と軽犯罪法一条二三号の罪とは罪質上通例手段結果の関係にあるものと解するのが相当である。原判決の認定するところによれば、被告人は、正当な理由がなく、原判示安藤邦彦方住居内をひそかにのぞき見る目的で、同人方裏庭に侵入し、これを手段として、右住居内をひそかにのぞき見たものであるというのであり、右住居侵入罪と軽犯罪法一条二三号の罪とは、刑法五四条一項後段の牽連犯の関係にあるものというべきである。

しかるに、原判決は、右両罪が刑法四五条前段の併合罪の関係にあるものとして、同法四八条一項により、罰金一万円(第一審における未決勾留日数中その一日を金二〇〇〇円に換算して右罰金額に満つるまでの分を算入)及び拘留一五日の刑を併科したもので、右両罪に関する罪数関係についての法律の解釈適用を誤つたものというべきであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであつて、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

よつて、刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、同法四一三条但書により、直ちに判決すべきところ、なお、第一審判決には原判示の事実誤認があつてこれを維持することができないので、第一審判決をも破棄した上、被告事件について更に次のとおり判決する。

原判決の認定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示第一の所為は刑法一三〇条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、同第二の所為は軽犯罪法一条二三号にそれぞれ該当するところ、右住居侵入と軽犯罪法違反との間に手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により一罪として重い住居侵入罪の刑により処断することとし、所定刑中罰金刑を選択し、所定金額の範囲内で被告人を罰金一万円に処し、同法二一条により第一審における未決勾留日数中その一日を金二〇〇〇円に換算して右罰金額に満つるまでの分を右罰金刑に算入し、第一審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官横井大三の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官横井大三の反対意見は、次のとおりである。

私は、多数意見が本件住居侵入罪と軽犯罪法一条二三号の罪とが刑法五四条一項後段の牽連犯の関係にあるとする点に反対する。両者は罪質上通例その一方が他方の手段又は結果となる関係にあるものとはいえないので(最高裁昭和四一年(あ)第九一五号同年一〇月二六日第二小法廷決定・刑集二〇巻八号一〇一四頁参照)、これを併合罪とした原判決の判断は正当であり、本件上告は棄却すべきものと考える。

(環昌一 横井大三 伊藤正己 寺田治郎)

弁護人浜口武人、同荒川晶彦、同亀井時子、同岡部保男、同清野順一の上告趣意

第一点 〈省略〉

第二点 原判決は、第一審判決の事後審査という控訴審の本質を逸脱し、また直接主義に背馳している点において、憲法第三一条、第三七条第一、二項に違反する。

一、控訴審において、一審無罪判決を破棄し、有罪自判することは、被告人の防禦権の行使を困難ならしめ、かつ審級の利益を奪うものであるから憲法三一条に違反し許されない。原判決は、右の点において憲法に違反し、破棄を免れない。

(一) 控訴審の本質は第一審判決の当否を法律点・事実点の両面にわたり事後審査するところにある。従つて、「第一審の公判手続はもつとも重要で、審理の全力はここに注がれると言つても過言ではない。」(団藤重光・新刑事訴訟法綱要五訂版三一七頁)一審において、無罪となつた場合、控訴審の展開は、必然的に、控訴人である検察官による一審判決に対する批判、攻撃であつて、現実には控訴趣意書にもとづく控訴理由の有無、当否ということになる。被控訴人である被告人としては、一審判決の訴訟指揮、証拠判断、法律判断を基本的には正当であるという立場に立つことを余儀なくされるから、さらに、主張、立証を追加することは、原則として行う必要がない。逆に、主張、立証を追加することは、一審判決に、不十分さ、弱点をもつているかの如き観を呈することにもなり、一審判決を支持する立場としては、自己矛盾に陥いることにもなりかねない。この点に、一審無実の場合の控訴審における被告人の防禦上の特殊な立場がある。

もともと、刑事訴訟では、被告人は、検察官の主張、立証に対して、その一角に打撃を加えることに成功すれば「疑わしきは被告人の利益に」の鉄則と相まつて、無罪判決を獲得できるのであり、その限度の訴訟活動で必要十分である。被告人の訴訟活動の根本原理は、あくまでも、検察官の主張、立証を弾劾することにあるのであつて、自分自身において、無罪を立証することにあるのではない。まして、無罪判決を一審裁判所に代つて、維持、擁護することでもない。

ところが、一審無罪の場合の控訴審の構造は、先に述べたように、被告人と検察官の攻守の位置が逆転し、被告人は、一審判決の擁護に立たざるを得なくなつているのである。そして、この立場は、現実には、積極的な訴訟活動をおこなうにふさわしくないものであることは先に述べたとおりである。従つて、一審無罪判決の場合に、被告人に防禦権の行使を十全ならしめるためには、一審判決を破棄し差戻すか、さもなくば、訴訟指揮において、一審判決を破棄することを示して、被告人の防禦権行使を促す以外にない。しかし、後者の場合においては、もともと刑訴四〇〇条但書には該当しないというべきであるから、結局は、破棄差戻し以外の道をとることは許されないといわねばならない。

本件においても、被告人の立場としては、控訴人たる検察官の主張に反論し、その立証については不要とし、裁判所に検察官控訴の棄却を求めるという立場にたたざるを得ないことは当然である。とくに本件第一審においては、非常に詳細に証拠調べをやつており、被告人としては、この他に二、三の取り調べを必要としていたが、それらを取調べるまでもなく無罪という以上、控訴審において、これらの取調べを再度申し出るべき筋合いでないことも当然であろう。つまり、一審無罪の軽犯罪法違反事件について、被告人としては、実質上の防禦権行使は訴訟構造上おこなうことができないのである。

このような控訴審の構造を考えるならば、一審無罪の場合に、控訴審において、破棄自判することは、被告人の防禦権をほとんど行使しえないままに裁判がおこなわれたことと異なるところがないのであつて、このような結果を招来する一審無罪判決に対して、控訴審において、破棄、有罪自判することは憲法三一条にいう適正手続に反するものといわなければならない。

(二) 控訴審において、無罪破棄、有罪自判となることは、被告人の審級の利益を奪うものである。

一般に、被告人は、一審及び控訴審において、事実認定について争うことができる。被告人は一審における有罪判断に対して、控訴審において、その当否を争い、事実誤認を是正する機会を権利として有している。ところが、一審無罪であつたにもかかわらず、控訴審で破棄、有罪自判となつた場合には、事実審について、再審理を受ける権利を奪われてしまうことになる。わが国の刑事訴訟制度における適正手続とは、事実審として二度の審査、法律審としては三度の審査を受ける三審制度を当然の前提としているのである。ある場合には、その保障があり、ある場合には、その保障を欠くというのであつては、適正手続の保障とはいえないこと明らかである。この意味においても、一審無罪の場合に、控訴審において、破棄、有罪自判することは、適正手続に違反して許されないといわなければならない。

二、原判決は直接審理主義に背馳し、憲法第三一条、第三七条第一、二項に違反する。

(一) 本件記録上、原審裁判所が、原審において被告人質問のみをおこない、その余の証拠調請求を却下して、結審し、判決を宣告したものであることは明らかである。

原審裁判所が右の事実審理のみで第一審判決を破棄したことは、自由心証主義違反、採証法則違反、経験則違反の各違法、不当があるが、これについては別に論及するので、ここでは指摘するに留める。

原審裁判所が、第一審判決を破棄したうえ、自判したことは、右の事実調べの程度、内容からみて、直接主義、口頭主義に明らかに違反するものといわなければならない。

そもそも、直接主義は、供述者の態度、表情、語調等を直接に見聞することによつて裁判官に正確な心証を形成させる趣旨から要求され、口頭主義は、心証形成にあたつて裁判官に新鮮な印象をあたえることを目的としたものである。原供述と当該裁判所の間に介在するものが多ければ多いほど、原則として、その証拠の価値が減少するものであることは、我々の日常の経験するところであり、実体的真実を発見するためには、公判廷で、当該裁判所が、直接に取調べた証拠だけを利用して判決することが要求される。これは、憲法第三一条、第三七条第一、二項の保障するところでもある。この直接審理主義の保障は、第一審に限らず、控訴審においても適用があることは、最高裁判所昭和三一年七月一八日大法廷判決の判示するところでもあり、今や、確固たる判例となつている。(「事件が控訴審に係属しても、被告人等は、憲法三一条、三七条の保障する権利は有しており、その審判は第一審の場合と同様の公判廷における直接審理主義、口頭弁論主義の原則の適用を受けるものといわなければならない。」前記判決)

直接審理主義の適用の対象となる証拠は、原則としては、全証拠に及ぶものと解すべきであるが、少くとも、事実認定をおこなううえで、重要争点の当否を決するため欠くことができない証拠については、直接審理主義の適用を受けることは当然であろう。なぜならば、直接審理主義は、実体的真実を発見するためにもつとも有効な原理、原則であり、かつ、被告人に対する適正手続の保障でもあるという点に照らせば、前記のような、重要争点の当否を決するうえで欠くことのできない証拠については、まさに直接審理主義の要請するところであるからである。

従つて、直接審理主義は、右の重要証拠全体について、直接公判廷で当該裁判所によつて調べられることが必要であつて、その一部のみを、直接に調べたとしても、直接審理主義にもとづいて審理がおこなわれたということはできない。

(二) そこで、本件の軽犯罪法違反について、直接審理主義が遵守されたか否かを検討する。

本件については、本項の冒頭で指摘したように、原審裁判所が直接に取り調べをおこなつたのは、被告人質問のみである。

ところで、本件軽犯罪法違反の成否は、被告人が本件家屋居室内を覗こうとしたか否かではなく、覗いたか否かであることは論をまたない。覗いたか否かを決する決定的証拠はいうまでもなく安藤邦彦、安藤宏子夫妻の供述である。従つて、安藤夫妻の供述の信用性いかんこそが、まさに本件軽犯罪法違反の成否を決するものである。この意味で安藤夫妻の供述の信用性については、まさに、直接審理主義にもとづいて、原審裁判所が直接に公判廷で、両名を取調べることを要することは、理の当然である。

とくに、安藤夫妻の供述の信用性については、第一審判決が詳細に、その疑問点を摘示している以上、この疑問点を理由なしとするには、第一審裁判所と同様に、直接に夫妻の証言態度をも勘案したうえで、第一審裁判所の判示を検討すべきものであることは多言を要しないであろう。本件においては、原審裁判所が、被告人質問を行つたのみで、第一審判決を破棄し、かつ、自ら直接に取調べなかつた安藤夫妻の供述を証拠として軽犯罪法違反につき有罪と自判したことは、明らかに直接審理主義に違反し、憲法三一条、第三七条一、二項に違反するものといわざるを得ない。

第三点 〈省略〉

第四点 原判決は、判示第一の住居侵入の罪と判示第二の軽犯罪法一条二三号違反の罪とは通常互に手段・結果の関係にあるとは認められず併合罪であるとする点で判例に違反するとともに、破棄しなければ著しく正義に反する法令の違反がある。

一、判例によれば次のような場合は牽連犯とされている。

住居侵入と放火又は住居侵入と放火と盗罪につき、大判明四三・二・二八録一六・三四九(通常用ヰラルヘキ手段)、大判昭五・一一・二二集九・八二三(通常用ヰラルヘキ手段)、大判昭六・一〇・一新聞三三二三・七、大判昭七・五・二五集一一・六八〇  住居侵入と窃盗又は強盗につき、大判昭四五・五・二三録一八・六五八(家宅ニ侵入スルハ盗罪遂行ノ手段ニ外ナラサレハ)、大判大二・一二・六新聞九一三・二五、大判大六・二六録二三・一三四(或犯罪ノ性質上普通ニ其手段トシテ用ヰラルヘキ行為ナル以上ハ犯人カ当初ヨリ之ヲ手段とナス意思アリタルト否トヲ問ハス該行為ハ犯罪ノ手段ニ該当スルモノトス――夜這の目的で住居に侵入し窃盗をなした事案)、大判昭六・一二・二三新聞三三六七・一六、大判昭一一・四・一一新聞三九七七・一五、最判昭二三・一二・二四集二・一四・一九一六(通常両罪の間には手段結果の関係のあることが認められるから)、最判昭二四・一一・一七裁判集刑一四・六三九(本件強盗未遂の行為は住居侵入の行為を引続き利用して行はれたこと明白であつて、相互の間に手段結果の関係あるものといわねばならぬ――住居侵入後に強盗を共謀し強盗未遂に終つた場合)、最判昭二五・九・二一集四・九・一七三五(両者は通常手段結果の関係がある)、最判昭二八・二・二〇裁判集刑七四・一七九(住居侵入の行為は窃盗罪の要素に属せず、別個独立の行為であり、しかも通常、右両罪の間には手段結果の関係があることが認められるから)  住居侵入と強盗致死傷につき、大判大五・八・二八録二二・一三二六(建造物侵入ノ所為ハ其性質上窃盗行為の手段トシテ行ハルルモノナルコト普通ノ事例ニ属スルコトハ論ヲ俟タス……故ニ其強盗傷人罪ノ構成ノ一要素タル窃盗ノ所為ニ手段トシテ行ハレタル建造物侵入ノ所為ハ其窃盗ノ所為ヲ包含スル強盗傷人罪ノ手段ナリト論断スヘキモノ)、大判大一五・三・二三評論一五刑一五九(前者ハ後者ノ手段タル行為ナルヲ以テ)、最判昭二五・二・二八裁判集刑一六・六九三(右の両者の間には通常手段結果の関係のあることが認められるから)  住居侵入と強姦につき、大判昭七・五・一二集一一・六二一(他人ノ住居ニ侵入シテ強姦行為ヲ為スカ如キ犯罪ニ於テ其ノ住居侵入ハ強姦行為ノ手段ニシテ刑法第五十四条ニ所謂牽連犯ヲ組成ス)、  住居侵入と殺人につき、大判明四三・六・一七録一六・一二二〇、大判明四四・一二・二一録一七・二二七三(被告Y家宅侵入ノ行為ハ殺人未遂ヲ犯スノ手段ナルヲ以テ)、大判明四五・三・二八録一八・三八三、大判大二・二・六録一九・一八五(人ヲ殺傷スル目的ヲ以テ家宅ニ侵入スルニ於テハ其侵入カ殺傷ノ手段タルコト勿論ナリ)、大判大一二・一一・一〇集二・七五五、大判昭五・一・二七集九・一六(住居侵入ハ屋内ニ於ケル殺人ノ手段トシテ普通ニ用ヰラルル行為ナルヲ以テ被告人ニ於テ当初ヨリ殺人ノ為ノ手段ト為スノ意思アリタルト否トヲ問ハス……住居侵入ヲ目シテ殺人ノ手段タリト云フヲ妨ケス〈大正六年二月二十六日当院判例参照〉何トナレハ刑法第五十四条後段ノ牽連犯ハ同条前段ノ想像上ノ競合犯ト均シク客観的ニ犯罪行為ノ性質ヲ基準トシ法律上之ヲ一個ノ犯罪ト為シタルモノナレハナリ――被告人は強盗を装い家人を脅すつもりで侵入後たまたま殺人を行つたという事案)、最決昭二九・五・二七集八・五・七四一(三個の殺人の所為は一個の住居侵入の所為とそれぞれ牽連犯の関係あり、とする)、  住居侵入と傷害につき、大判明四四・一一・一六録一七・一九八九(人ヲ傷害スル為メニ其住居ニ侵入シタル場合ニ在テハ住居二侵入シタル行為ハ人ヲ傷害スル手段ナルニ付)、大判大四・四・二九録二一・四四四  住居侵入と暴行につき、名古屋高金沢支判昭二九・一二・七裁特一・一一・五一九(被告人の主観よりすれば、住居侵入は暴行の手段であつたことが明らかであるのみならず、客観的立場から見ても、住居侵入と暴行との間には、通常手段結果の関係が存在すると考え得るから)、高松高判昭三八・二・二五集一六・二・一九〇(右二個の行為は通常手段結果の関係にあるから)

右の諸判例は住居侵入が他の犯罪の手段として用いられた事案につき、住居侵入が性質上その手段として普通に用いられる行為であるが故に牽連犯と認めたものであつて、他の犯罪が住居侵入の当然の結果であることを要求していないことは明らかである。即ち手段→目的の関係があれば、原因→結果の関係がなくとも牽連犯が成立する。

二、ところで、右には住居侵入と記載したが、刑法一三〇条前段の構成要件は「故ナク人ノ住居又ハ人ノ看守スル邸宅、建造物若クハ艦船ニ侵入シ」タ行為を処罰することとしており、「住居」・「建造物」は区別されている。そして判例によれば「住居」とは人の起臥寝食に日常使用される建造物であり(大判大二・一二・二四録一九・一五七九)、「邸宅」とは住居用に作られた建造物とそれを囲む一区画の土地(囲繞地)であり(大判昭七・四・一一集一一・四〇七、大判昭一四・九・五集一八・四七三、最判昭三二・四・四集一一・四・一三二七)、「建造物」とは住居用以外の建造物と囲繞地を含むとされる(最判昭二五・九・二七集四・九・一七八三)。即ち刑法一三〇条にいう「住居」とは囲繞地を含まず、通常は一定の囲繞地内に存在する人の起臥寝食用の建物である。そして住居の囲繞地は「邸宅」とされるから右の意味での「住居」に侵入せずその囲繞地のみに侵入した場合にも刑法一三〇条前段の罪が成立する。

次に軽犯罪法一条二三号の構成要件をみるに、「正当な理由がなくて人の住居、浴場、更衣場、便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見た者」は拘留又は科料に処する。というのである。そこに列挙されている人の住居、浴場、更衣場、便所の位置を考えるに、「住居」は通常刑法一三〇条において「邸宅」とされる一定の囲繞地の内にあり、「浴場、更衣場、便所」は刑法一三〇条にいう「住居」「邸宅」「建造物」の内部に存在することも多い。これはいわば常識に属する。

そこで人の住居をひそかにのぞき見る行為の態様を考えてみるに、行為者は住居の囲繞地内に侵入し(ここで刑法一三〇条の罪、住居侵入罪―邸宅侵入罪が成立する)、続いて壁や戸障子の破れ目や隙間に目をあてるなり、ガラスに目をあてるなりして住居をのぞき見るという行為が自然に想起される。そこでは邸宅侵入という刑法一三〇条前段該当の行為が、住居をひそかにのぞき見るという行為の手段として、性質上普通に用いられる行為であることが無理なく理解されるであろう。してみれば、刑法一三〇条前段の罪は軽犯罪法一条二三号の罪の手段として通常用いられる故に右各罪は牽連犯となるのである。

三、検察官は控訴趣意において、遠く離れて望遠鏡を使つてのぞき見る行為や破れ襖の陰から隣室の様子をのぞき見る行為の例をあげ、住居侵入と軽犯罪法一条二三号違反の関係について、通常手段として用いられ、又は当然の結果として生ずるという関係にない故に併合罪であると主張するが、その例証自体が甚だ不合理である。牽連犯にせよ併合罪にせよ問題になるのは数個の罪が存在する場合である。しかるに望遠鏡を目にあてる行為や破れ襖の陰に身を寄せる行為はそれ自体が罪とはならない。従つて検察官のあげる例が牽連犯にも併合罪にもならず軽犯罪法違反の単純一罪であることは自明である。そしてまた、望遠鏡を目にあてた場所や破れ襖の陰に身をよせた隣室、特に後者がもし侵入された住居内等であれば両者の関係が問題となり、破れ襖の陰からのぞくなどという行為は通常住居内に入つていなければできない行為と考えられるから、その住居内に入るという行為が罪となる場合には、これとのぞき行為とは通常手段結果の関係にあることが検察官のあげる例からも明らかといえよう。そして通常手段結果の関係にあるということは、それ以外の手段がないということではない。先にあげた多数の判例において、住居侵入と放火、窃盗、強盗、強姦、殺人、傷害、暴行等が牽連犯とされているが、これらの罪が住居侵入をその唯一の手段としていないことは自明である。住居侵入が他の罪の手段として通常用いられるという関係があれば、それが唯一の手段でなくとも牽連犯が成立するのである。遠く離れて望遠鏡を使う行為や、隣室の破れ襖の陰に身を守せる行為が通常のぞき見の手段として用いられても、住居侵入もまた通常のぞき見の手段として用いられるならば、住居侵入とのぞき見は牽連犯である。そして住居侵入は通常のぞき見の手段として用いられる故に、住居に侵入してのぞき見る行為は牽連犯に外ならない。

この点で原判決は前記の多数の判例に違反し、判決に影響することの明らかな法令違反であつて、破棄しなければ著しく正義に反するものである。

第五点 〈省略〉

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